今月のニュースレター

 

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ヴェーダーンタ協会ニュースレター(日本語版)

日本ヴェーターンタ協会の最新情報

202411月 第22 巻 第11

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かく語りき――聖人の言葉

 

グルは母のようだ、しかしグルは永遠である。この世を歩く誰もがいつかは塵に還らなければならないので、母の旅は死という不可避なものに縛られている。それに対し、グルの中には、母の「育む(はぐくむ)愛」が永遠に生き続けている。グルはバヴァニ・守護者、グルはドゥルガー・勇敢で慈悲深い存在だ。そして何よりも、グルは永遠なる母である。

…ムラリ・バプ

 

乱されない心の平穏は、幸せな人と親交を深め、不幸な人に同情し、徳のある人を大いに喜び、邪悪な人への無関心を培うことで達成する。

…マハリシ・パタンジャリ

 

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目次

・かく語りき――聖人の言葉

・お知らせ

20251月の生誕日

2024818日 クリシュナ生誕祝賀会 午後の部

「シュリー・クリシュナの生涯とメッセージ」

スワーミー・メーダサーナンダ

2024915日 月例講話 

「スワーミー・アドブターナンダの生涯と教え」

スワーミー・ディッヴィヤーナターナンダ

・忘れられない物語

・今月の思想

 

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お知らせ

・各プログラムに参加を希望される方は、協会までご一報ください。

・日本ヴェーダーンタ協会の行事予定はホームページをご確認ください。

https://www.vedantajp.com/

 

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20251月生誕日 

 

スワーミー・サーラダーナンダ       1月5日(日)

スワーミー・トゥリーヤーナンダ      1月12日(日)

スワーミー・ヴィヴェーカーナンダ     1月21日(火)

スワーミー・ブラフマーナンダ       131日(金)

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2024818日 クリシュナ生誕祝賀会 午後の部

 

「シュリー・クリシュナの生涯とメッセージ」

スワーミー・メーダサーナンダ

 

午前のシュリー・クリシュナの生涯におけるヴリンダーヴァンのエピソードでは、シュリー・クリシュナと養父母との関係について話をしました。午後からは、彼と牛飼いの友人たちとの関係について話をします。クリシュナと牛飼いの友人たちは牛を放牧しながら、牛が草を食む間は一緒に遊んでいました。かくれんぼ、木登り、かけっこなど、さまざまな遊びをしました。また、一緒に座って家から持ってきた食べ物を分け合うこともありました。クリシュナもこうした遊びやいたずらにしっかりと参加しました。牛飼いの少年たちはクリシュナの神聖な性質と超自然的な力に気づいていましたが、彼と交流している時に、必ずしもそのことを覚えているわけではありませんでした。彼らはクリシュナを最愛の親友の一人として扱いました。彼らは時々近くの木から果物を摘んで、まず自分たちで味見をし、それがとても甘ければ、クリシュナに差し出しました。少しでもクリシュナが見えないと、少年たちは耐え難い痛みを感じ、遊びも喜びもすべて色褪せたので、遊びやゲームをやめて、クリシュナを探し始めました。彼らのハートにはクリシュナに対する深い愛情がありました。シュリー・クリシュナもまた、彼らを母親のように愛し、森の地域だったので、彼らをあらゆる危険から守りました。

 

今度は、クリシュナと牧女(ゴーピー)たちとの関係を話します。クリシュナの神聖な遊びのこの側面は、非常に特別でよく知られています。クリシュナとゴーピーたちの関係の重要性を理解するのは簡単ではありません。多くの人がそれを反道徳的な関係だと誤解しています。ゴーピーたちは非常に若く、ほとんどがまだ十代でしたが、当時の社会では早婚があったので、中には既婚者もいました。彼女たちはしばしば一緒に歌ったり踊ったりして、陽気に長時間過ごしましたが、部外者はそれを不道徳な関係と考えることもあります。ですので、私たちはクリシュナとゴーピーたちとの関係を非常に注意深く分析しなければなりません。

 

さて、[一般的に]男女の間では、愛がどのように育まれるかを見てみましょう。男女間の愛は、お互いを好きになることから始まります。そして「好き」は「すごく好き」に発展し、さらにお互いに「会いたい」「話をしたい」という願望が生まれ、最終的に結婚します。しかし、結婚後、しばらくは上向きの曲線を描きますが、上昇し続けるわけではありません。

 

しかし、神と信者の愛は異なります。神と信者の間の愛も同じように始まります。最初、信者は神を好きになることから始まり、ゆっくりとこの愛が成長し、信者は他のすべてのものの中で神だけを好きになります。最終段階では、神が信者のすべての活動、すべての考えの中心になります。そして、信者は神を見たいという強い憧れを抱きます。その憧れが強くて不変であれば、その時、神は恩寵によって、神聖な姿のビジョンを授けるでしょう。しかし、神は神の姿のビジョンを継続的には与えません。神は姿を消します。これにより、神の姿を見失いたくない信者のハートには、別離の苦しみが生じます。サンスクリット語には、別離の苦しみを意味するヴィラハ(विरह viraha という用語があります。この期間は信者にとって非常に困難です。多くの場合、耐え難いものなのです。

 

さて、神とは何者か、ということを定義したいとします。私たちの答えはどういうものになりますか? 分析してみましょう。最高の美しさ、最高の甘さ、最高の至福、最高の純粋さ、最高の愛、最高のシンプルさ、最高の慈悲、そして最高の知識 - これらすべてを組み合わせたもの、それが神です。そして、この美しさは一時的なものではありません。人間の場合、若いときは顔や体に美しさがありますが、年齢を重ねるにつれて、その美しさは徐々に衰えていきます。人が神のビジョンを得ると、どんな人間の美しさも灰と化します。ラーヴァナはシーターを誘拐した後、彼女をアショカの森に留まらせました。それから、ラーヴァナはシーターに結婚するように何度も説得しました。ラーヴァナは悪魔だったので、神秘的な力を持っており、他人の姿をとることができたので、さまざまな姿をとりました。そこで、誰かが、シーターを説得するときにラーマの姿をとってはどうか、と提案しました。ラーヴァナは言いました。「もしラーマに変身するなら、ラーマの姿を瞑想しなければならない。しかし、ラーマを瞑想し始めた途端に、女性を含め、他のすべてのものは取るに足りないものになる」 ラーマの姿を瞑想すれば、女性との付き合いは灰のように感じられるのです。ですから、私たちが選んだ神を瞑想するときは、最高の美、最高の愛、最高の清らかさ、最高の慈悲、最高の知識、という神の性質について熟考すべきです。神はこれらすべての性質を合わせた存在ですから。

 

今、ヴィラハについて話しました。神は信者の前にあらわれ、そして消えます。この段階は信者の人生で最も困難な段階です。神のビジョンを得た後、信者は別離に耐えられません。そして本当の憧れが生まれます。信者は神のビジョンを見ることだけを望みます。最後に、神があらわれ、信者は完全に神と一体になります。それが信者の神への愛の頂点です。信者の自我は神の意識に溶け込むのです。あたかも川が海に溶け込むときに川がそのアイデンティティを失い、海と一体になるように。

 

私が神の愛について話してきたすべての模範は、ゴーピーとシュリー・クリシュナの関係です。ゴーピーとはどのような人たちだったのでしょうか。彼女たちは一見、ふつうの牧女です。しかし、霊的には偉大な高みに達していました。彼女たちはとても純粋な魂でした。彼女たちには私意識がありませんでした。彼女たちはシュリー・クリシュナの神聖な性質に完全に気づいていました。しかし、神に対する畏敬の念や尊敬の念を抱く代わりに、クリシュナを愛し、クリシュナをとてもとても近い存在とみなしていました。しかし、それは単なる理論ではありません、彼女たちはこの愛を行動で示しました。彼女たちはシュリー・クリシュナのためにすべてを犠牲にしました。義務、家族、夫、子供、家、さらには恥ずかしささえも。なぜなら、彼女たちはこれらすべてを神への最高の愛の障害とみなしていたからです。

 

例えば、彼女たちはシュリー・クリシュナが吹く笛の心地よい音色を聞くと、子供の世話、家族の料理、夫の世話など、どんな仕事をしていても、それらをすべて途中で投げ出して、シュリー・クリシュナの笛の音のほうへ駆けていきました。シュリー・クリシュナは彼女たちが皆、それぞれの家事に従事していることを知っていたので、彼女たちを見て少し驚きました。そこで彼女たちを試すために、彼女たちに「どうしてここへ来たんだい? 家事をするために戻りなよ」と言いました。彼女たちが実際にどれほど自分に会いたいと切望しているかをテストしたのです。ゴーピーたちはこう答えました。「なんて無慈悲なお方なの! 私たちはあなたのためだけに家族の責任をすべて放り投げてきたというのに、帰れとおっしゃるなんて! 今さら、家族が私たちを受け入れてくれると思いますか? ここに来るとき、家族は『家事を投げ出すな』と言っていたのよ。今さら受け入れてくれるとでも?」

 

クリシュナとゴーピーたちの間のこれらの出来事や対話はすべて『バーガヴァタム』に記録されています。その後、クリシュナはゴーピーたちと過ごすことを許しました。しかし、クリシュナはしばらくして突然姿を消したのです。ゴーピーたちはこれにまったく備えていませんでした。彼女たちはヴィラハに圧倒されました。あらゆるところにクリシュナを探し、木々や川に「クリシュナを見ませんでしたか?」と尋ねました。『ラーマクリシュナの福音』には、シュリー・ラーマクリシュナが信者の前でよく歌っていた歌がいくつか載っていますが、その多くはゴーピーたちがクリシュナから離れることの苦しみを描写したヴィラハの歌です。実際、クリシュナは身を隠していました。最後に、彼は再び姿をあらわし「君たちの僕への愛の深さをテストしていたのだよ」と言いました。

 

それからゴーピーたちは皆、クリシュナを取り囲んで歌い踊って一緒に時間を過ごしました。これは『バーガヴァタム』ではラサ・リーラと呼ばれています。ラサ・リーラはマドゥラ・バーヴァの非常に重要な側面です。マドゥラ・バーヴァはラサ・リーラで最高潮に達しました。ラサとは、多くの女性と一人の男性がいて、女性たちはその男性を取り囲んで輪になって踊ることを意味します。さて、世俗的な生活においても、一人の男性が多くの女性と踊ることができます。しかし、ラサ・リーラとは何が違うでしょうか? ラサ・リーラでは、クリシュナは自分自身を分身して、それぞれのゴーピー一人ずつと踊りました。普通の人にそのようなことができますか?これは、シュリー・クリシュナの神聖な側面の一つです。それぞれのゴーピーが一人ずつのクリシュナと踊り、皆、踊りに非常に夢中になったので、ゴーピーは時々「私はクリシュナ」と感じることがありました。つまり、ゴーピーたちは自己のアイデンティティをなくし、クリシュナと一体になったのです。これはクリシュナ意識と呼ばれています。ゴーピーたちがクリシュナに対して抱いていた愛は、すべての信者たちの中でも最も高く、最も深いものでした。その愛は比類のないものです。

 

スワーミー・ヴィヴェーカーナンダは、神を愛する方法を学びたいならラーダーから学べばいい、と言いました。ラーダーはゴーピーの中でも随一だからです。ゴーピーたちの深い愛の例をあげます。彼女たちがクリシュナを見つめているとき、しばらくすると目がまばたきます。まばたきはほんの一瞬ですが、彼女たちは一瞬でもクリシュナを見失いたくありませんでした。それが彼女たちの愛です。まばたきすらゴーピーたちを困らせたのです。シュリー・ラーマクリシュナは「ゴーピーたちの精妙な体は、シュリー・クリシュナが傷つかないように護るために、常にシュリー・クリシュナの御足元にあったのだよ」と言いました。さて、ここに面白いエピソードが一つあります。シュリー・クリシュナは常にゴーピーたちの愛に感謝して「ゴーピーたちが私に与えてくれた愛に、お返しすることができない」と言っていました。当然、他の信者たちはゴーピーたちを羨ましがりました。ドワラカーにいるとき、シュリー・クリシュナは仮病を使って言いました。「この病気は、どんな医者にも治せないが、一つだけ治す方法がある」 誰もがクリシュナが治る方法を知りたがったので、シュリー・クリシュナは言いました。「信者の塵を私の額に塗ってくれれば、そのとき初めて治るだろう」 しかし、誰もがそれを聞いてショックを受けました。なぜなら、皆、神の御足の塵をいただきたいが、その逆のことなどできないからです。信者の足の塵を神の頭に塗るなど、思い浮かべるだけでも罪だと考えられています。シュリー・クリシュナには多くの信者がいましたが、誰一人そんなことをする勇気はありませんでした。ここで注目すべき点は、皆、その行為の結果を心配していたということです。つまり、自分の足の塵をクリシュナの頭に塗ることで罪を犯すことになるのではないかと心配したのです。ここでは意識の中心は信者自身です。中心は神ではありません。ですから、誰一人クリシュナの頭に足の塵を塗ろうとしませんでした。クリシュナの病気と珍しい治療法の知らせがゴーピーたちに届くと、彼女たちは皆、熱心に「私の足の塵をクリシュナの頭に塗ってください」と言いました。彼女たちは、そのような奇妙な行為の結果で、地獄に落ちるか天国に上がるかなど思い悩まなかったからです。

 

したがって、この例から、ゴーピーのクリシュナへの愛が他の信者の愛とどれほど異なっていたかがわかります。しかし、スワーミー・ヴィヴェーカーナンダは、肉体意識を超越しておらず、肉欲などの否定的な感情を昇華させていない一般の人々には、ゴーピーのクリシュナへの愛を描写したシュリーマッド・バーガヴァタムのエピソードを読まないようにと警告します。なぜなら、それを読むことで、準備ができていない心が肉欲を満たすための誘惑のレベルにまで落ちてしまう可能性があるからです。マドゥラ・バーヴァの実践において、シュリー・ラーマクリシュナが弟子たちに警告したもう一つのことは、 夫婦が互いにマドゥラ・バーヴァを実践するのは何の問題もないが、既婚男性が人妻に対してこの態度をとるのは不倫であり、その人の堕落の原因となるのでこの態度を培わないように、ということです。

 

ゴーピーとシュリー・クリシュナとのこの愛から、私たちは何を学べるでしょうか?スワーミー・ヴィヴェーカーナンダは、神を愛する方法を学びたいなら、ラーダーから学ぶべきだと言いました。クリシュナがヴリンダーヴァンを去ったとき、クリシュナの養母ヤショーダーは非常に悲しみ、慰めを求めてラーダーのもとへ行きました。するとラーダーは、根本エネルギー、チット・シャクティという彼女の本当の姿を見せました。ラーダーは「クリシュナはチッダートマで、私はチット・シャクティです。私にどんな恩寵でもお求めください」と言いました。ヤショーダーはある恩寵を願いました。その恩寵とはこうです。「体と心と言葉をクリシュナに向け、クリシュナを瞑想できますように。このように心をクリシュナに捧げ、常にクリシュナの信者と交わり、彼らに仕えられますように。常にクリシュナの栄光を唱え、歌えますように」 

 

ある時、ラーマクリシュナ僧院の若い僧侶が、年長の僧侶に「なぜ私の瞑想はそれほど深くないのですか」と尋ねました。年長の僧侶は、「あなたは本当にシュリー・ラーマクリシュナを愛していますか。本当に愛しているなら、あなたの瞑想は常に深いものになるでしょう」と答えました。ヤショーダーがクリシュナへの奉仕と瞑想に体と心と言葉を捧げることを望んだのと同じように私たちもすれば、霊的に進歩することができ、信仰は深まり、最終的に神のビジョンを持つことができるでしょう。

 

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2024915日 月例講話 逗子本館

 

「スワーミー・アドブターナンダの生涯と教え」

スワーミー・ディッヴィヤーナターナンダ

 

シュリー・ラーマクリシュナの僧侶となった弟子たちは皆、珠玉の存在でした。彼らはシュリー・ラーマクリシュナの愛によって結ばれていましたが、それぞれが異なっていて、全員がシュリー・ラーマクリシュナの崇高な教えの反映でした。今日は、ラトゥ・マハーラージと呼ばれるスワーミー・アドブターナンダの生涯について考えてみましょう。

 

ラトゥ・マハーラージについて、スワーミージーはこう言いました。「ラトゥはシュリー・ラーマクリシュナの最高の奇跡だ。まったく教育を受けていないにもかかわらず、ただ師のタッチによって最高の知恵を獲得したのだから」 シュリー・ラーマクリシュナのもう一人の僧侶弟子、スワーミー・トゥリーヤーナンダはかつてこう言いました。「私たちの多くは、神への信仰を育む前に、知性の泥水を渡らなければならなかったが、ラトゥはハヌマーンのようにそれを飛び越えて渡った」

 

ラトゥの両親は彼に「ラクトゥラム」という名をつけました。これは「ラーマよ、この子の守護者となってください」という意味です。ラーマは確かにこの少年を最後の日までマーヤーの罠から守りました。ラクトゥがラトゥになりました。そして後に彼はラーマクリシュナ・ファミリーの中でラトゥ・マハーラージとして親しまれました。

 

少年時代

ラトゥが子供の頃に両親が亡くなり、叔父の世話になりました。その叔父は非常に貧しかったので、ラトゥは仕事を求めてコルカタへ出ていき、そこでラームチャンドラ・ダッタの家に雇われました。ラトゥが師のことを耳にしたのは、ラームチャンドラの家でした。ある日、ラトゥはラームチャンドラがシュリー・ラーマクリシュナの言葉を繰り返しているのを耳にしました。「神は、その人が何者であるか、どこにいるかに関係なく、その人の心を見通す。神を慕い、他の何者も求めない人に、神は自らをあらわす。人はシンプルで純真な心で神を呼び求めるべきだ。心からの憧れがなければ、誰も神を見ることはできない」 これらの言葉はラトゥの存在の奥深くまで伝わったので、ラトゥはラームチャンドラが繰り返していたこの言葉をおっしゃった神人に会いたい、という強い願望を抱くようになりました。ある日、ラームチャンドラ・ダッタがドッキネッショルを訪問する準備をしていたとき、ラトゥは「私も行かせてください」とお願いをして許可を得ました。ラトゥがドッキネッショルに着くと、ラトゥを見たシュリー・ラーマクリシュナは彼の中にいくつかの霊的な兆候を認めました。師がラトゥに触れると、ラトゥは内側から深い信仰心が湧き上がるのを感じました。

 

誠実で従順な弟子

「何千人もの師を見つけることができるが、誠実な弟子を見つけるのは難しい」という諺があります。誠実な弟子は、師の教えを文字通り実践することに全力を尽くします。ラトゥの生涯から二つの例をあげて、上記の言葉を説明します。

 

ある日、ドッキネッショルに向かう途中にラトゥは酒屋の前を通りかかりました。なぜだか分かりませんが、彼は落ち着かない気分になりました。ラトゥが師にお目にかかってそのことを報告すると、師は「酒の匂いが心を乱しているのでそれを避けなさい」とアドバイスしました。ラトゥは文字通りそのアドバイスに従って酒屋を避けたので、ドッキネッショルに着くまでに遠回りをして、以前よりずっと時間がかかるようになりました。

 

別のある日、ラトゥは夕方になっても眠っていました。師は厳しく彼を叱責し「夕方に眠るなら、いつ瞑想するのか? 気づかないまま夜が過ぎるくらい深く瞑想しなければならない」と言いました。ラトゥはそのアドバイスをまじめに受け止め、夜の眠りを克服しようと懸命に努力しました。彼は足早に歩き、何度も顔に水をかけました。二年の奮闘ののち、ラトゥはついに夜の眠りを克服しました。

 

彼の信仰の深さ

ラトゥが師にどれほど深く帰依していたかは、次の出来事から分かります。彼は、まず師に会ってあいさつをしないうちは、一日を始めようとしませんでした。ある日、師の部屋で眠っていたとき、翌朝目覚めると師がいませんでした。彼が大声で「どこにおられるのですか? お姿がみえません」と叫ぶと、師は「ちょっと待って、今行くよ」と答えました。ラトゥは、師が来るまで手を目に押しあて続けました。

 

ある時シュリー・ラーマクリシュナは、ドッキネッショルに集まった弟子たちに、ジャティラという少年の話をしました。その話はこうです。「ジャティラは学校へ向かう森の中の道を通るのが怖かったのですが、貧しい母親は『マドゥスダン・ダダ(クリシュナ)の名を呼びなさい』と言って、少年を行かせました。ジャティラは母親の言葉を深く信じ、そのアドバイスに従いました。ジャティラがマドゥスダンの名を叫ぶと、クリシュナがあらわれて話しかけ、学校まで連れて行ってくれました」 

 

ある日、『ラーマクリシュナの福音』の記録者であるMさんがパンチャヴァティを通り抜けていたとき、誰かが「ああ、マドゥスダン兄さん!どこにいるの?」と泣いている声が聞こえました。それは他でもないラトゥでした。

 

ある日、ラトゥが師の御足をマッサージしていると、師は「おまえのラームチャンドラ[ラーマ神の別名]が今何をしているか知っているかい?」と尋ねると、ラトゥは「いいえ」と答えました。師自身が「おまえのラームチャンドラは象を針の穴に通している」と答えました。ラトゥは師の言葉の意味を理解しました。師はラトゥに霊性を注いでいたのです。後にラトゥ・マハーラージは言いました。「孤児だった私にタクールは蓮華の足元という避難所をくださいました。タクールが私を受け入れてくださらなかったら、私は動物のような人生を送り、奴隷のように働きながら毎日を過ごしていたでしょう」

 

兄弟弟子たちとのおふざけ

師の弟子たちは互いに深く愛し合っていました。時にはいたずらをし合ったりもしました。面白い出来事を一つあげましょう。ある時、ラトゥ・マハーラージが白内障の手術を受けなければならず、そのためのお金が必要でした。当時、彼の兄弟僧侶スワーミー・アベダーナンダはアメリカにいました。ラトゥ・マハーラージは弟子の一人にアベダーナンダジーに手術代を送るよう手紙を書いてくれ、と頼みました。アベダーナンダジーはお金を送るよう手配しました。その後、しばらくして、ラトゥ・マハーラージは今度は時計が欲しくなり、アベダーナンダジーにお金を無心する手紙を送ったところ、アベダーナンダジーは小包を送ってきました。小包を開けると、ガラガラヘビの尻尾が出てきました。ラトゥ・マハーラージはこれを見て子供のように駄々をこね、「時計を頼んだのに、カーリーはガラガラヘビの尻尾を送ってきた!」と言いました。

 

深く潜れ!

ラトゥ・マハーラージは正式な教育を受けていなかったので、聖典を一切学ぶことができませんでした。彼は祈りとジャパだけを用い、熱心に瞑想の実践に専念しました。次の話は、彼の瞑想がどれほど深かったかを示しています。

 

兄弟弟子たちがボラノゴルに滞在していた時のことです。ラトゥ・マハーラージは瞑想中に体意識を失うことがありました。食事は無理やりとらされました。何度か呼びかけても、外界に対して意識がないこともありました。兄弟僧侶の一人がラトゥ・マハーラージの部屋に食べ物の皿を置きましたが、しばしば手つかずのまま、腐ってしまいました。

 

ある時、面白い出来事がありました。スワーミー・サーラダーナンダジはボラノゴルでの日々を思い出しながら、こう言いました。「ラトゥ・マハーラージは夜になると寝たふりをして、時にはわざといびきをかいた。そして皆がうとうと眠りにつくと、数珠を数え始めたんだ。ある時、私は夜中に数珠のカチャカチャという音を聞いた。ネズミだと思って起き上がると、音は止んだ。しばらくすると、また音が始まった。こんなことが何度も繰り返された。次の夜、私は見張ることにした。音が始まった瞬間にマッチ棒に火をつけると、ラトゥが数珠で瞑想しているのが見えた。私は笑って『僕たち皆を超えたいのかい?』と言ったよ」

 

師の逝去後

シュリー・ラーマクリシュナは 1886 年に肉体を去りました。それ以来、ベナレスに住み始める1912 年まで、ラトゥ・マハーラージはコルカタで、神に完全に頼りながら、托鉢僧のように独りで暮らしました。数日間、ドッキネッショルの沐浴場チャンドニに滞在することもありました。その間、信者たちは彼の生活を支えるためにサポートしました。彼はバララーム・ボシュの家に滞在したり、シュリー・ラーマクリシュナの在家弟子で、大きな印刷機を所有していたウペンドラナート・ムケルジーの印刷所に滞在したりしました。ずっと後になって、西洋から戻ったスワーミージーがウペンの献身的な奉仕を知ると、天を仰いで祈りました。「ああ、主よ! ウペンを祝福してください!」

 

ラトゥ・マハーラージは、厳格に誰からも贈り物を受け取りませんでした。彼は何度も懇願され、信者の祈りが誠実であるとわかった時にだけ、贈り物を受け取りました。あるとき、信者がラトゥ・マハーラージにお金をあげたいと言いました。しかし、ラトゥ・マハーラージは、「今は手元に置いておきなさい。すぐにこのお金が必要になるかもしれないから」と言いました。驚いたことに、急を要することのために、信者はそのお金が必要になりました。

 

聖者の智慧

ラトゥ・マハーラージは聖典を学べませんでしたが、聖典にある真理を悟りました。あるとき、ラトゥ・マハーラージはスワーミー・スッダーナンダとともにパンディット・シャシャダル・タルカチューダマニによるカタ・ウパニシャドの講義を聞きに行きました。タルカチューダマニが「親指ほどの大きさしかないプルシャ、内なる自己は、常に人の心の中に宿っている。人は根気強く『彼』を体から切り離さければならない。まるで草の葉から柔らかい茎を分離するように」と語っていたとき、ラトゥ・マハーラージは「スディールよ、パンディットの言ったことは正しい」と叫びました。ラトゥ・マハーラージは確かに真我を悟っていました。

 

かつて、ラトゥ・マハーラージがベナレスに滞在していたとき、二人の西洋人女性が彼のもとにやって来ました。彼女たちはラーマクリシュナ僧院が行っている慈善活動を高く評価していましたが、無神論者だったので、神の必要性を受け入れませんでした。会話が交わされ、信者が通訳を務めました。彼女たちは、他者に善行を施すことが人生の目標である、という僧院の理想に同意しました。ラトゥ・マハーラージは、神の存在を信じずに他者に奉仕することはできない、一般的に他者に奉仕する間は多くの犠牲を払わなければならない、遅かれ早かれ「私は他者に奉仕することで何を得ているのだろう」という疑問が心に浮かび、その時点から他者に奉仕することへの関心が薄れていく、と説明しました。この議論は女性たちを困惑させました。するとラトゥ・マハーラージは、神がすべての生き物のハートに宿っていると信じれば、他者に奉仕することは神に奉仕することと同じになる、と言いました。このように働くことで、利己心が薄れ、心は次第に清らかになります。ですから、神の存在を信じ、その精神で他者に奉仕することは、偉大な霊性の実践となり、最終的には真の礼拝になります。

 

あるとき、信者が彼に尋ねました。「神を見ずに、どうやって神を愛することができるのでしょうか?」 ラトゥ・マハーラージはこう答えました。「仕事に応募するとき、書類を送る相手に会っているかね?会っていなくても君の応募は相手に届くだろう。同じように、君が神に心から祈るとき、神はあなたの祈りを聞いてくださるのだよ」

 

以上、偉大な聖者の伝記から抜粋した珠玉の智慧を散りばめました。この話が、皆さんの人生をラーマクリシュナに惹きつけ、師の蓮華の御足への真の信仰心を育むのに役立てば、私たちの努力は報われます。

 

ジャイ・ラーマクリシュナ

 

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スワーミー・メーダサーナンダのオーストラリア訪問

 

シドニー・ヴェーダンタ・センター訪問

日本ヴェーダーンタ協会の代表であるスワーミー・メーダサーナンダは、2024828日から92日までオーストラリアのシドニーにあるヴェーダーンタ・センターを訪問しました。9月1日には、日本におけるヴェーダーンタの活動と、霊的生活における大事な特徴について講義しました。

 

ブリスベン・ヴェーダンタ・センター訪問

スワーミー・メーダサーナンダジーは202492日(月)にブリスベンに到着しました。空港ではスワーミー・アートメーシャナンダとウンニ・ナイール氏がメーダサーナンダジーを出迎えました。一行はスプリングフィールド・レイクスのヴェーダーンタ・センター(住所:96, Vedanta drive, Springfield Lakes)に向かいました。スプリングフィールド・シティ・コーポレーションのマハリンガム・シナサンビー博士が寄贈した50エーカーの土地の中に位置するこのアシュラムの敷地は、a) 120席の神殿、b) 僧院の宿舎、c) 毎週約300食を調理し、困窮者に無料で配られる炊き出し所、c) 恵まれない人々に無料で配給する食料品を保管するフードバンク、d) 毎週土曜日営業のカフェ・マー・サーラダーズキッチン、から構成されています。マー・サーラダーズキッチンはボランティアの信者が運営しています。彼らは料理を作り、非常に手頃な価格で販売しています。この活動は、センターが行うさまざまな慈善事業の運営に役立っています。e) センターでは、セントラル・クイーンズランド大学の学生と監督者が運営する無料のカイロプラクティック・クリニックも金曜日に運営しています。

 

9 3 日、ラーマクリシュナ僧団と僧院の副僧長スワーミー・ボダーサラナンダが、メルボルン・センターのスワーミー ・スニスターナンダの同行のもと、メルボルンから到着しました。4 人の僧侶の喜ばしい再会でした。9 3 日の夜、スワーミーたちはビスワディープ氏とデブジャニ・バス夫人の邸宅での豪華なディナーに招待されました。スワーミーたちはまずマウント・クータ (蜂蜜を集める集合場所を意味するアボリジニの言葉) を訪れました。そこはブリスベン市全体を見渡せる丘です。バス家の家はマウント・クータのすぐ近くにあります。

 

9 4 日、スワーミーたちはマハリンガム シナサムビー博士と面会しました。シナサムビー博士はスプリングフィールド市を計画し、長い苦闘の末にこの都市を建設した先見の明のある人物です。彼はスワーミー・ヴィレシュワラーナンダジー・マハーラージの弟子であり、彼の父親はスワーミー・ヴィラジャーナンダジー・マハーラージが最初にイニシエーションを授けた弟子でした。シナサムビー博士はスワーミーたちをスプリングフィールド市内のツアーに案内し、その後、彼らを自分のオフィスに連れて行き、スプリングフィールド市の起源と発展に関するビデオを見せました。

 

その後、スワーミーたちはスワーミー・アートメーシャナンダの運転で、ゴールドコースト市に向かいました。スプリングフィールドから約 80 km 離れたこの市は、オーストラリアの王冠の宝石とされています。ホワイトビーチと娯楽の施設は、世界中から多くの観光客を惹きつけています。ゴールドコーストのビーチを歩き、その景色を堪能した後、スワーミーたちはニューサウスウェールズ州とクイーンズランド州の境にあるクーランガッタでピクニックランチを楽しみました。

 

9 4 日の夕方、センターは「スワーミーたちとの夕べ」と題したサットサンガを開催しました。夕拝の後、スワーミー メーダサーナンダジーは、日本におけるラーマクリシュナ‐サーラダー‐ヴィヴェーカーナンダ運動の起源と発展について語り、聴衆から大歓迎されました。続いてスワーミー・ボダーサーラナンダジーが、ラーマクリシュナ僧団と僧院、特に僧団のマヤヴァティ・センターに重点を置いて話しました。クイーンズランド州の連邦上院議員ポール・スカー氏がこのイベントに出席し、スピーチを行いました。彼は、僧団の日本での活動の発展に特に魅了されていました。イベントの後、彼はスワーミーたちと夕食を共にしました。このプログラムには、80 名もの大勢の信者が参加しました。

 

スワーミーたちは、グレートバリアリーフを見るために、ブリスベンの北に位置するケアンズ(飛行時間約2時間)へ出発しました。残念ながら、ツアー会社は約束した観光地を案内することができず、残念な結果となりましたが、スワーミーたちがアシム博士とシバニ・シンハ夫人の素敵な家に滞在し、もてなしを受けられたことで、信者たちは平安と祝福を受けました。スワーミー・メーダサーナンダジーは、97日にケアンズから東京へ飛び、同日に到着しました。

 

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忘れられない物語

 

「決定を下すのは誰?

 

私たち西洋人のうち数人は、ブッダガヤの仏教寺院で共に瞑想していた。しばらくして、私たちの何人かは休憩を取り、シヴァの生誕を祝うためにデリーへ向かう準備をした。チャーターバスで陸路インドへ来たグループの女性の一人が、バスの運転手も私たちと一緒に過ごしたいと言っていると伝えた。そこで、私たち34人はブッダガヤを出発し、ベナレスでバスに乗り、デリーへ向かった。

 

グループの男性の一人、ダニーは、クンバ・メーラを体験するために、途中でコースを一時離れ、アラハバードを訪れた。彼は深い感銘を受け、メーラの会場で購入した猿のハヌマーンを描いた小さなメダルを私たち一人一人に持って帰ってきた。

 

バスのルートがアラハバードのすぐそばを通ることが分かると、ダニーは私たちにメーラの会場に行くよう強く勧めた。私は、メーラはもう終わっているので、ただの川岸の空き地じゃないか、と抗議した。しかし彼は、そこはインドで最も神聖な場所の一つだと言った。私たちの中には疲れている者もいた。なぜなら、長期間の瞑想実践の後だったし、外の世界へ出た最初の日だったからだ。私たちが本当に望んでいたのは、宿泊予定のダルムサラに着くことだけだった。川に行くために数マイルも遠回りするという考えは魅力的でなかったが、それでもそこはとても神聖な場所なので、私は他の選択肢の利点を比較検討し、最終的に、川で少し立ち止まって夕日を眺めることに同意した。

 

私たちがメーラの会場に車で近づくと、そこはもう人影もまばらだった。運転手がどこに車を停めたらよいかと尋ねると、ダニーはハヌマーン寺院の近くの、小さなメダルを購入した場所でもある所を指さした。

 

バスがその場所に近づいたとき、誰かが「マハーラージがいらっしゃる!」と叫んだ。

 

本当に、ダダと一緒にバスのすぐそばを歩いているのはマハーラージだった。私たちは全員バスから飛び降りて、彼の御足に駆け寄った。私はヒステリックに泣き笑いしていた。至福のうちに彼の御足にキスをしたのを覚えている。

 

バスが見えてきたとき、マハーラージが「ほら、彼らが来たよ」と言ったと、後でダダが私たちに語った。

 

マハーラージは私たちについてくるように指示し、バスはリキシャの後を、この素晴らしい大学都市の郊外の通りにあるダダの家までついていった。数分以内に食事が出され、もう一人の信者と一緒に近くの屋敷に泊まる手配が整った。召使たちは私たちの到着に備えてマハーラージの指示で朝から食事の準備をしていたと聞いた。しかし、もしそうだとしたら、私たちの誰が、彼がバスの中でメーラの地に行くかどうかを決めていたと思っただろうか。どうやら、すべて、私が「思っていた」通りではなかったようだ。

 

(ラム・ダス著『愛の奇跡:ニーム・カロリ・ババの物語』より)

 

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今月の思想

自分のために働くのではなく、神のために働くことを学べ。あなたは働きを通して神を礼拝していることを知れ。このような態度で働くなら、働きはあなたを縛るものではなく、逆に、肉体的にも、精神的にも、知的にも、道徳的にも、霊的にも、あらゆる面であなたを向上させるだろう。あなた自身を、体と魂を、神に捧げよ。あなた自身を完全に神に捧げよ。神にこう言うのだ。「神様、私は私自身、つまり体と魂をあなたに捧げます。あなたの御心のままにしてください。私はあなたの召使いです。全力を尽くしてあなたに仕える準備ができています」 本当にこれができるなら、あなたの霊的幸福に対する責任は神にある。しかし、この服従は正しい精神と完全な信仰によって動機づけられるべきだ。ハートに疑いが入り込んではならぬ。「神の名を唱えて川を渡ると同時に衣服が濡れないように持ち上げておく」ようではいけない。

…スワーミー・ブラフマーナンダ

 

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